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Re: 謹賀新年

 投稿者:もずく  投稿日:2007年 1月 4日(木)02時17分45秒
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  御丁寧にどうも。新年明けましておめでとう。
猪突猛進ははや出来ぬ歳ですが、筋を通すことは忘れたくない。本年も信ずるところを進みます。
私には何かの時、頭の中に何かの言葉がフラッシュバックすることがあります。今回は『知行合一』です。

そこで少々調べてみたのですが、出てくるのは中江藤樹。名前ばかりは知ってましたが、この方は近江の方だったのですね。びっくりしました。私は勉強不足とこれまでの個人的な体験から、この地方は商人気質のお国柄と信じていました。損得勘定が第一と。全く逆の方でした。申し訳ないことをしました。この地方の方達、御免なさい。
探して出てくるページのほぼ全てが藤樹が尊敬されていたことを伝えていますが、本当は敵もかなり居たのではないかと思います。以下、少々長くなりますが高島市教育委員会文化財課のページ( http://www.city.takashima.shiga.jp/icity/browser?ActionCode=content&ContentID=1134379418441&SiteID=0 )から引用。

・早羅山への挑戦

大洲在藩時代の先生は、郡奉行としての役目に精励するいっぽう、幕府お抱え儒者の林羅山および林家やそれに追従する儒者の動向に対して、深い関心をはらっていました。
 先生二十二歳の冬、京都の友人から一通の書簡が届き、その書尾に、林羅山の長子・叔勝の著わした「安昌、玄同を弑(しい)するの論」が写されていました。それを読んで、先生は非常に辛らつな短篇論文を翌年に書き上げたのです。
 寛永五年、先生二十一歳の時、祇園祭の夜に儒者・菅玄同(かんげんどう)が弟子の安田安昌(やすだあんしょう)に刺殺されるという事件が起きました。林叔勝は、菅玄同は立派な儒者だと持ち上げ、殺害におよんだ玄同の弟子安昌を批難したのです。それに対して先生は、玄同・安昌ともに「これ人面獣心の俗なり」として林叔勝の考えを厳しく批判したわけです。その根拠を先生は「孟子(もうし)」のなかに求めました。
 ぼ−盆成括(ぼんせいかつ)という人物が斉の国に仕えた。孟子は「死んでしまうぞ、あの男は」と。門人がその理由を尋ねると「彼の人柄は小にして才があり、いまだ君子の踏むべき道を聞いていない。これだけの条件がそろえば、殺されても仕方ない」と孟子は答えた。
 藤原惺窩(ふじわらせいか)の門人として京都では名の知られた玄同の、これまでの言動について先生はいろいろな風聞を耳にしていたのでありましょう。玄同なる人物は、ただ博識をほまれ湯島聖堂(東京)とし、その中味たるや己の才能にたよる、だけの〈口耳(こうじ)の学問〉であって、徳を知らない。そのため玄同が弟子の安昌を待つ態度は、あたかも犬や豚のようであった。それゆえ安昌が常軌をいっして、殺人におよんだのは当然であったろう、と。
 先生は、儒者には《真儒(しんじゅ)》と《俗儒(ぞくじゅ)》の二種類があるといいます。玄同や安昌などは、まさしく後者の典型とみました。古代中国の聖賢の教えに学んで、まず自分自身を立派に修養し、そして《善》の政治をおこなうのが《真儒》。先生は、これこそがあるべき儒者の姿だと考えました。先生二十四歳の時には、「林氏、髪を剃(そ)り位を受くるの弁」という論文を書きあげ、今度は三代将軍家光のブレーン林羅山の言行を痛烈に批判しました。先生の眼からみれば、羅山といえども《俗儒》に過ぎないのです。勿論羅山には、先生のことなど知るよしもありません。大洲で著わされたこの二篇の論文は、先生にとって以後の人生を決定づける宣言書ともいえるのです。

*早とは何でしょう。林の間違いですかね。あとぼ−盆成括(ぼんせいかつ)という人物、ぼ−は消し忘れ?いずれにしても、教育委員会らしい放置と言えましょうか。

ここまではっきり、体制側の名高い御用学者を批判していたのですから。「この腐れ儒者が」と言ってないのは流石ですが、寄らば大樹の御用学者側から目立った反論もなく、また誹謗中傷や命を狙われることもなかったとは思えません。
本当に藤樹自身が言った(書いた)のか原典には当れませんでしたが、次のようなよりはっきりした言葉を紹介する話もありました。

「人間、学問に志すというのは、道に志すものでなければならぬ。ところが今の学問は、己の知恵を磨くより、人に誉められたいという名誉心、はなはだしきは、金銭のために学問をするということで、その志たるや実に卑しい」

これは痛烈。私がよく自意識過剰の人達に「誹謗中傷」と攻撃される文体ほぼそのものです。
「知行合一」の意味、お分かりになりましたでしょうか。危険な右翼思想といったものではありません。むしろ逆、忠孝を説く儒学のどちらかといえば新派です。
少し調べてみたら、かの有名な、さりとて教科書で名前と主義主張の四文字熟語とかを丸暗記させられ、けど肝心中身の解説はなかったか、全く理解出来なかった偉人達の名前が、中江藤樹の陽明学派から続きます。
中でも特に有名な吉田松陰。これは物凄い。聖人と呼ばれる中江の思潮を汲むとは思えぬ過激さです。
「道の為にし、義の為にす、どうして名を計らんや。誓ってこの賊と生を共にせず」

http://www.gameou.com/~rendaico/siso_toyosiso_yomeigaku_nohonnogakusha.htm

長くなりました(といっても引用部分が長いのですが)。また突然用が入ったので、ここまでにしたいと思います。御成長有難う御座いました。
 

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